2007年7月18日 00:00
Bunnygirlの歴史
登場
Bunnygirlの登場は、1960年にシカゴにオープンしたPLAYBOY CLUBのウエイトレス衣装として考案されたものです(*1)。ということは、単純に「PLAYBOY=うさぎ」という公式が当てはまると思うでしょうが、まず、PLAYBOY誌はなぜマスコットマークが「うさぎ」に決まったのか、そこが出発点です。
(*1)発祥に関しての定説としてはPLAYBOY CLUB以外にもありますが、現在の大方の意見がPLAYBOY CLUBとなっていますので、それに従います。
2007年7月18日 00:00
PLAYBOY創刊
偉大な雑誌の創刊
ヒュー・ヘフナーとエルドン・セラーズにより1953年PLAYBOY誌は創刊された。
創刊準備段階での誌名は「Stag Party」とする予定であったが、似たような名前の雑誌が既に存在しており、それを回避するために新しい名前を考えることとなった。
そこで、1951年まで自動車を製造していた「Playboy Motor Car Corporation」に母親が勤めていたセラーズが、新しいタイトルに「PLAYBOY」はどうかと提案し、それが誌名として採用された。
「うさぎ」マーク
シンボルともなっている「うさぎ」のマークは、急遽変更されたものであった。「Stag Party」とは『男ばかりの会合』という意味で、Stag=雄鹿が集まっている様子からの意味である。
元々のデザインもこの雄鹿をモチーフにしていたそうで、誌名変更に伴って急遽デザインも変更することになった。
時間もあまりなく、用意されていた雄鹿の図案を手直しして「うさぎ」に変更した。PLABOY=うさぎというのは偶然できたものだったのだ。
ただし、この話も別な節があり、創刊2号に向けてデザイナーが作ったという。いずれにせよ、現在まで続く有名なマークが誕生したことには間違いはない。
2007年7月18日 00:00
PLAYBOY CLUBの誕生
1960年、シカゴにPLAYBOY CLUBが開店。『大人のディズニーランド』を目指したとインタビューで答えているとおり、PLAYBOY誌が提唱する価値観と世界観を実際に体験できる場所としての展開であり、この後全世界へと進出していった。
そのPLAYBOY CLUBで生まれたのが「Bunnygirl」である。当初の企画としてさまざまな案(セクシーなナイトガウンを着用するなど)もあったが、PLAYBOY="うさぎ"ということで、それをモチーフにした結果、Bunnygirlの原型が生まれた。
このBunnygirlスタイルも「普通のウェイトレスからセクシーに見えるように不必要な布を取っていった」という説と、「最初にコルセットありきで、雰囲気に合うように付け足していった」という説があるが、登場したときから既に現在の形がほとんど出来上がっていたということからわかるように、優秀なデザインであったことは間違いないだろう。
オープン当初のBunnygirlは、コルセットをベースにした関係でだぼついた感じのするバニーコートで、サイドは編み込みでしばりあげ。カフスとタイは無く、ストッキングは網ではなくブラウン地、耳、バニーコート、ヒールは同色という感じです。
これは、当時の繊維の問題もありますが、コルセットをベースに開発しているところから発生している問題だと思われます。化学繊維が普及していない時代では、体にフィットしてラインを出す服装はコルセットを使用するのが一番な時代であったための措置であり、当然のことです。
Bunnygirlの姿以外にもPLAYBOY CLUBでは"Bunnygirl"のポジションまで開発されました。よく勘違いされるのが、PLAYBOY誌で活躍していたPLAYMATEたちの衣装ではなく、あくまでPLAYBOY CLUBのウェイトレスとしての衣装であり、PLAYBOY誌のイメージガールでは無かったということである。オープン初期は宣伝も兼ねてかPLAYMATEたちがBunnygirlの衣装を着たことはあったが、あくまでPLAYBOY CLUBのウェイトレス衣装であり、PLAYMATEたちとは違うのである。
基本的には、PLAYBOY CLUBの看板娘・お客様をエスコートする・飲食における接客・ ショーの司会・アシスタント、など、これも現在でも通じる職務を行うことが目的であり、この活躍を見た人たちが全世界にPLAYBOY CLUBを紹介し、広がっていくことになります。
2007年7月18日 00:00
日本での登場
日本での登場は諸説ありますが、メジャーへと押し上げたというのは、1964年、大和実業株式会社による『エスカイヤクラブ』の創業だろう。
当時、大和実業(株)では日本に会員制クラブを設立しようという動きがあり、社長自ら諸外国の会員制クラブを調査し、PLAYBOY CLUBと、他のクラブのいいところを採用し、"会員制"・"bunnygirl"の基本要素を持つエスカイヤクラブを開店した。
エスカイヤクラブとPLAYBOY CLUBの大きな違いといえば、前者は会員制の高級感を出したのに対し、後者はエンターテインメント性も求めたところである。
同じ頃、テレビで『11PM』がスタート。マスコットガールとしてBunnygirlが登場している。これもPLAYBOY CLUBを参考にしているといわれているが、少なからずエスカイヤクラブの影響もあったといわれている。これにより、日本中にBunnygirlが知れ渡ることになるが、番組のイメージもあって、現在でもいかがわしいイメージが拭えない状況になってしまったのは残念なところである。
その後、1972年に『パブRoyal』をオープン。これは、エスカイヤクラブへのステップアップとして開店したもので、会員資格を大幅に緩和し価格体系を安価に設定した。これにより、いつかはエスカイヤクラブという流れをうまく作ることになる。その後、商標変更で"The Royal"となり全国に広がるが、1990年代には収束の方向へ向かい、現在では全国に4店舗まで減っている。
また、『欽ちゃんの仮想大賞』ではアシスタントとしてBunnygirlを採用し、一定の市民権を得たが、これもやはり後年にはきぐるみのような感じに改められてしまう。
だが、よく調べてみれば、あちこちでBunnygirlを見ることが出来る。Bunnygirlは"かっこいい"のである。決して萌え系ではない。萌え系では勤まらない場所で活躍しているのである。